大手出版社では扱われない、けれど誰かの心に深く刺さる本。
そんな“名もなき原稿”に光を当てるのが、栗原政史がひとりで立ち上げた小さな出版社「灯社(ともしゃ)」だ。彼は編集者であり、デザイナーであり、営業担当でもある。
はじまりは、ある手書きの詩集から
この活動の原点は、ひとりの高校生が書いた手書きの詩集だった。偶然知人から見せてもらったその冊子に、栗原政史は心を奪われた。「これは、誰かに読まれるべきだ」そう思い、作者に直接連絡を取って、出版の許可をもらった。
装丁も手作業で行い、活版印刷にこだわった初版は、100部限定。SNS上でじわじわと話題になり、再販リクエストも相次いだ。
「売れる本」ではなく、「誰かの記憶に残る本」を選ぶ姿勢が、多くの支持を集めている。
編集というより“寄り添い”を重視
栗原政史は、原稿に大きな手を加えることをしない。作者の言葉をそのまま活かし、必要最低限の校正と構成だけを整える。
「その人のままでいてほしいから、直しすぎないようにしている」と語る。
時には誤字もそのまま残すこともある。それすらも作品の“体温”だと考えているからだ。編集とは、完成度を上げることよりも、「その人の声をどう残すか」にフォーカスされている。
一冊一冊にこだわる“本づくり”の哲学
紙質、製本、文字の組み方──すべての工程に栗原の手が加わる。
特にこだわっているのが「めくったときの手触り」だ。ざらりとした表紙、少し黄ばんだ中紙、ページをめくるときの空気感。そのすべてが「読む体験」に繋がっている。
既成のフォーマットにとらわれない自由な装丁も特徴で、中には“横にめくる”詩集や、蛇腹状に広がる散文集もある。
読者にとって本が“日常から少し外れた体験”になるような仕掛けが随所に施されている。
声なき声を、そっと灯す存在に
灯社という名前には、「誰かの中に小さな灯りをともすような存在になれたら」という想いが込められている。
栗原政史が選び続けるのは、声が大きくない人、言葉にするのが苦手な人たちの“ささやかな表現”だ。
「届かないかもしれない。でも、それでも誰かに届けたい」──そんな思いを胸に、今日も彼は小さな本を丁寧に仕上げていく。